映像制作の現場から|自主映画にも機材無償レンタル

当記事を記載した当初は積極的に将来のクリエイター育成、そして地域貢献という目標のもと、アマチュア映像作家の方々への協力を行っておりましたが、趣旨と違うご要望が多々あり、現在、アマチュアの方々への協力は行っておりません。ご了承ください。(2019年5月)

プロとアマチュア

映像を制作するからには理由があります。自己表現のために映像を作る人。そして金のために、生活のために映像を作る人、いろいろです。
実際、理由は何でも良いと思います。要するに、映像を作ることによって、作った本人でも、誰かほかの人でも、その映像を制作することによって、または見ることによって幸せになる人がいるなら、それで結構なことなのです。
筆者は、もともと映画キチガイでした。と言っても観るほうのではなく、作るほうのです。子供のときに父の8mmフィルムカメラをいじったのが運のつき、どんどん楽しくなり、結局仲間を集めては映画を作っていました。
自分の小遣いの範囲で作る、いわゆるアマチュア映画、自主映画というものは、自己表現の塊です。監督がいて、役者がいて、しかも編集やMAも自分でするので、結局のところ、監督と役者しかいないのです。ということは、作品全体をコントロールしているか、はたまた画面に出ているか、そのどちらかは必ずあるわけで、自己表現するための幅のようなものが大変広い。これは本当に楽しい。
当時は学生でしたから、「映画やろうぜ」の号令で、必要に足る人員が集まりました。一銭にもならないのに人員が集まるというのは、たぶんこの自己表現の幅の広さが理由だったように思います。
私の場合、この映画狂状態は大学を卒業するまで続きました。
では、大学卒業と同時にいったいなぜ、この状態が変わったかというと、プロの現場に入ったからです。
実際、アマチュアとプロは全く違うものです。特に私の場合はテレビ業界ですから、そこはもう「産業」とも言うべき世界で、こじんまりとフィルムを回して、部屋の中で切ったり貼ったりするような世界とは全く違うわけです。ところが、そんな世界にいて幸せかというと、そうでもない。大きな違和感を感じていたのは事実です。いや、今でも違和感を感じながら映像を仕事にしているというのが素直な気持ちです。というのも、プロの世界では、いわゆる「自己表現の幅」のようなものがあまりに少ないからです。
プロの世界を支配するのは「数字」です。視聴率が取れる番組は続き、取れない番組は改編時に消えてしまう。どんなに良い番組だろうと、残る理由はまったく無いんですね。とはいえ、数字は大切です。というのも、数字が取れないということは統計的に見て「必要とされていない」ということでもあるからなのです。
極論を申し上げますと、テレビ番組はスポンサーの流すCMを見せるための前座です。ですから数字を取れる番組にはCMを流したいスポンサーが集まります。数字が取れない番組にはスポンサーが集まりません。これが現実です。番組を作りたいなら数字を取れ、これは当たり前のことです。これがプロの考え方ですね。
必然的に「自己表現」ではなく、「売れる番組」を狙った作品制作が毎日のように続く。これがプロの毎日です。
では、自己表現の幅が少ないのに、なぜプロの現場にいるのかというと、「偉くなって売れる番組の範囲内で自己表現できるかもしれない」という希望があるからですし、偉くなる前は「生活のため」でもあるかもしれません。これは、いくらきれいごとを並べたところで、プロの映像制作者なら誰もが感じている自己矛盾であろうかと思います。
私の場合は、ラーメン屋さんに行くのが好きで、それをアピールしていたこともあり、『スーパーJチャンネル』のラーメン激戦区というコーナーをやらせてもらえるところまで、何とかたどり着き、テレビ業界の中で自分の居場所のようなものを幸いにして見つけることができました。また、幸いにしてこのコーナーが比較的高い視聴率を取っていたため、数年間、そのコーナーが続きました。これはプロの世界である種の自己表現が許された幸せな一例ではなかろうかと思います。
また、幸運だった事例として、『人体紀行』というDVDシリーズがあります。サイエンスドキュメンタリーなのですが、CGを駆使して人の体のことを扱う番組でした。これも私の企画で、私の台本で、私の思想をそのまま映像化したという点で、かなり幸運な作品だったと思います。
とはいえ、これら幸運な作品のギャラだけで奥さんと子供を養うことは難しいので、片っ端から様々な局のオファーを受けて番組を作りまくりました。となると、もちろん苦手なネタもやらないとなりません。これは本当に自分にとっては「仕事」でした。
誰かがスポンサーとしてお金を出してくれるのですから、自分の意見をごり押しすることは不可能です。それが仕事というものです。
しかし自主映画は違います。純粋に自己表現をすることが許されているのです。これは仕事とは全く性質が違うものですし、別物と考えてよいでしょう。プロとして毎日仕事をしているとたまってしまう滓のようなものもあります。最近はそうした滓を身体からデトックスするための何かが必要ではないかと考えるようになりました。それで思いついたのが、昔夢中になっていた自主制作映画です。

お誘いいただければ

私は映像制作会社の社長ですし、もう今年の誕生日で47歳になります。自分でも今さら自主映画もないもんだと思ったりはしていますが、それでも「撮りたい」という想いだけはどんどん募っています。近隣のサークルで、楽しくやっている方々がいらっしゃるなら、お誘いいただけたら、無理のない範囲でご協力させていただきますよ。
ではでは。

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