映像制作の現場からタイトル

コンビニにトイレットペーパーがあった!

昨今、新型コロナウイルスの蔓延によって、なぜかトイレットペーパーが不足するという事態になっています。理由はどうやら単なるデマで「マスクの次はトイレットペーパーが不足する」という情報が流れてしまったことだったわけですが、実はメーカーには在庫があり卸にも在庫がある。しかし卑しい転売屋が買い占めをしたため市場に不足してトイレットペーパーが店舗の棚から消えてしまったというのが真相のようです。
さて、今日とある100円コンビニに行ったのですが、目を疑いました。なんとトイレットペーパーがある。10日ぶり、いや、二週間くらいは見ていないかもしれないトイレットペーパーがそこに並んでいたのです。しかもちゃんと定価の100円で4ロールの再生紙ペーパーが入っている。
テレビの特集でやっていたのですが、メーカーにも卸にも在庫は十分あるのだけれど、結局それを店舗に運ぶのはトラックを使っての人力で、しかも人不足でなかなか流通が間に合わないということで、在庫が不足するらしいのです。そうした流通に携わる方々の努力があり、こうしてトイレットペーパーが店舗に並んだということを考えると、まさに「感無量」という気持ちでした。

しかし私が感心したのはその先です。店に来るお客さんの誰も、そのトイレットペーパーに手を伸ばさないのです。実際私も自宅に少しと会社に少し、ロールが残っていたので逼迫した状況ではなかったので買わなかったのですが、来る客来る客、皆さんトイレットペーパーを見て「ふーん…」という表情はするのだけど、買わないのです。一体どんな心境なのかな?と思っていたのですが、私が買い物をしてレジに並んでいたら、レジで店員さんと話しているお客さんが、こう言ったのです。

「いやー、やっとトイレットペーパーが入ったんだね、でもまあ足りてない人がいるだろうから無駄に買ってもね…」

す…すばらしい。限られた資源を本当に必要とする人の元へ。この精神ですよ。

何もかも足りてなかった日本

日本という国は国土としては(海を除くと)豊かとは言えない国です。資源は本当に乏しい。しかしその資源を大切にしてきた歴史があるはずなのです。

限られた資源を大切にする。

こう言えばきれいごとに聞こえるかもしれませんが、こうしてトイレットペーパーが不足してみると、その実態が見えてきます。つまりその本質は「必要とする人に回すために持っている人はそれを大切に使う」ということなのでしょう。何せ何もかもが足りていないのだから「自分さえ良ければ」という考え方では誰かが生存できなくなってしまうかもしれませんし、巡り巡って生存できなくなるのが自分かもしれないのです。トイレットペーパーであれば、ケツを拭けなくなるから代用品を考えるということになるのでしょうが、もっと命に関わるものなら致命傷です。

実際、こうした出来事が無ければ、こんなことは考えるチャンスすらなかったかもしれません。3.11の時は水に困りました。そして今回はマスクとトイレットペーパーです。
マスクは本当に困っています。とはいえお得意様巡りをしても、この時期はテレワークにしている会社が多く、お打合せを願い出てもかえってご迷惑をかけてしまうので、マスクが無くても私自身が外に出ませんから何とかなります。とはいえトイレットペーパーは生きている限り必要です。しかしそれは皆さん同じ。本当に不足している人の元に、あのトイレットペーパーが届くことを祈るばかりです。間違っても卑しい転売屋のところに行きませんように。

いや、ちょっとコンビニでの出来事があまりに感動的かつ日本人のアイデンティティを見たような気がしたもので、余計な話になってしまいました。最後までありがとうございました。

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