映像制作の現場からタイトル
2026/2/7公開

選挙報道にテレビ局員同士のトークが必要か?

明日は衆院選の投開票日。
私は別に強烈な高市ファンというわけではないが、それにしても今の大手メディアの高市さん叩きは常軌を逸していると感じる。去年の参院選の参政党叩きもすごかったが、今回の衆院選の高市さん叩きも鬼気迫るものを感じる。
何せ今回の衆院選は自民党の圧勝の気配が濃厚で、TBSの世論調査ですら自民が単独過半数超えが伝えられている。この事実がこの熱量に直結しているのだろうか。

しかし、このTBSの世論調査結果を受けた2月5日の番組を見た際に感じたのは番組への疑問だけだった。スタジオではアナウンサーと局の政治部デスクが並んで掛け合いトークをしていたが、中道の候補者に関する解説はするものの、自民党の候補者については「高市さんの風が吹いている」という発言ばかり。
「風」という単語ばかり出てくるもので、いくらなんでも「風ごときで片づけるなよ」と思う。

政治部デスクを画面に出すのだったら、自民候補優勢である理由について、もっと突っ込んだ取材が欲しかった。
もちろん、投開票の前であり、あまり細かい話をすると有権者の投票行動に影響が出る危険もあるのは承知しているが、報道機関なのだから取材が仕事。「風」の一言で済ませるのはあまりにも杜撰すぎやしないか。
「風」しか言えないなら、政治部デスクが顔出しでスタジオに来て発言する意味など無い。淡々と世論調査結果を読み上げるだけで良かったのではなかろうか。そもそも局員であるアナウンサーと、これまた局員である政治部デスクの二人が並んでスタジオに出てきて掛け合いのトークをする意味がどこにあるのだろうか?
報道番組に余計なトークを挟めば当然個人的な考えがその言葉に滲み出る。しかしその滲みが選挙報道番組に必要か?この二人のトークには明らかに政治的な偏りを感じたので、いくつかその例を挙げてみよう。

トークによって生じた偏り

例えば、中道の候補については、どんな人が支持者で、不振の理由も「選挙区が変わったから」などとご丁寧に解説している。ともすれば中道候補の代わりに不振の言い訳を言ってあげているようにも見える。さらには中道の議員については「強い」「最長」「国会回しで第一人者」「与党議員も舌を巻くレベル」「財務省出身で財政にも明るい」「党の政策のブレーン的存在」「旧立憲のありとあらゆる事に精通」等といったプラス要素の形容詞を交えながら比較的細かく候補者の特長を解説しているが、自民の候補についてはそういった解説がほとんどないのも疑問を感じた。
もし中道の候補者をこれらの形容詞で称えるのなら、自民の候補にも同じように形容詞付で紹介すべきではと思う。

また尺を数えていないから何とも言えないが、自民の候補についての見解に比較して、中道の候補についての見解(旧民主党時代の話を含め)にかなりの放送時間を割いているように見える。尺を数えたら、多分間違いなくそうだろうと思う。

しかもアナウンサーも政治部デスクも、自民党優勢の話になると残念そうなトーン。トーンというのは客観的に数値化しにくいため、いくら残念そうに見えても「そりゃアンタの主観ですよね?」と言われたらそれまでなのだが、それにしても残念そうな表情や声に感じる。
もちろん単なる主観的な感想ではなく、番組での発言から言葉と尺を抽出すれば、ある程度までは定量化した根拠を示せるかもしれないが、その手間をかけるまでもなく、明らかに残念そうに見える。

しかも中道旧立憲の候補については「大変になってる」とは言うが、対立候補については「すごい」とか、そういった言葉は無く「風が吹いている」で終わり。
こんな程度で良いなら私のような政治の素人でも言える。「まあ、風が吹いてるってことでしょうかね…」とか残念そうに言えばいいわけだし。

民主主義国家における報道

だいたい世論調査で明らかに民意が自民党を選んでいるのに、なぜそれを「残念そう」に伝える必要があるのだろうか?国民の選択に何かご不満でも???

これはTBSのこの番組に限ったことではなく、報道全体の話ではあるが、民主主義というものは国民に主権があるので、どんな選択だったとしても「国民が覚悟を持って選挙を通じて選択をしたのだ!」という前提に立たないと成立しない。
報道機関とは、その主権者たる国民の側に立ち、国民が選んだ権力が正しく民意を汲んで機能しているかを監視するという建前であるはず。その国民の選択を否定しないまでも、疑問を呈するような発言は違うだろと私は思う。世論がAというのならAを否定してBを持ち上げる必要は無い。
国民がAだと言っているのに、「いやいや、Aは違うだろ、Bを選ぶべきだろ」というように、もし国民の選択に疑問を持つのなら、報道機関は、国民の立場から離れてしまう。
本来ならAもBも平等に扱うのが選挙報道の仕事。もっと言えば、国民が多くの選択肢の中からより納得度が高い選択をすることができるよう公正に選択材料を提示するのが仕事のはず。
ですから「Aはこうで、Bはこう」という具合に正しく平等に分析すべきだろうし、間違ってもどちらか一方、どれか一つを選ぶように恣意的に誘導をしたり、どこかを攻撃するような事があれば、それは「情報」という武器の濫用であり大変危険な事だと思う。

仮に本当に国民が間違えていたとしても、それはそれ。国民に事実を公正に伝えるべきで、説教をするのは報道機関の仕事ではない。民主主義国家において報道機関は「司法」「立法」「行政」に続く第四の権力と言われているが、その権力の源は「国民からの信任」であるという事を忘れてはならない。常に国民の側に立ち、国民の選択を信じ、事実をそのまま伝えれば良い。

メディアはメディアに過ぎない

そもそも最近のメディアは、メディア自身が権威になろうとしているように見える。「政治部の何某」「プロデューサー」などという肩書の連中が、スタジオであたかも自分が権威であるかのようにテレビカメラの前で語るその姿は滑稽にしか感じない。本来君らは裏方だろう?
そろそろ、メディアで数年やっただけの凡人が、田原総一郎氏のような特殊な天才を気取るのはやめたほうが良い。たとえどんなに優等生だろうと、先生(お手本)を必要とし、正解が決まっている環境でしかやったことが無い者が、一次情報の発信者になれるはずがない。

メディア人は伝えることだけを愚直にやれば良い。余計なことはしなくて結構。自分が一次情報源になるなんてのは「思い上がり」だと断言しよう。
タレントやアナウンサーは映るのが仕事、当然映るための訓練を積んでいる。学者も自分で学問の分野を切り拓いて査読論文を出して実績と功績を認められて今の権威者という立ち位置にいる。
しかし記者や制作者(プロデューサーやディレクター)はあくまで裏方であり、権威者からの一次情報をまとめて咀嚼し、伝達するのが仕事。私なら、自分の汚い声と活舌の悪いしゃべりで、足りない頭から絞り出した出涸らし情報を全国に垂れ流す度胸は無い。しかしこれをやってしまっているのが今の選挙報道番組だ。
テレビ局と新聞社の社員、それにこれら報道機関を引退した連中がフリージャーナリストという肩書でスタジオに並んで愚痴っている様子を垂れ流している。このスタジオには一人も政治家や政治学者など「政治のプロ」はいない。なぜ自分の専門とは違う「政治」をここまで自信たっぷりに語れるのだろうか?先にも述べたが記者や制作者はあくまで裏方であり情報を咀嚼して伝達するのが仕事だ。その仕事の範疇を超えて太陽に近づくと、火傷するように思うが。

私は映像制作者であり、メディアの専門家だ。だからメディアの在り方については語る。
同じようにテレビ局の社員・局員や新聞社の社員は政治家ではない。あくまで報道の専門家。「俺は総理大臣を知ってる」と言ったところで彼らが総理大臣であるわけではない。近くで何度か見ただろうが、しかし本当にその仕事の実態を知るわけがない。
多くの政治学者などを取材したこともあるだろう。しかし、取材しただけであって、本人が博士号を持つ政治学者ではない。
そんな連中がスタジオに雁首揃えて並んで、総理大臣を含めて自分の主義主張に合わない政治家の行動や発言を、足りない知識で叩いている姿を無責任にも垂れ流しているのが今の選挙報道番組だ。
思慮深い国民なら、テレビ局の社員に過ぎないアナウンサーやデスクに政治的発言を電波に乗せる権限を与えた覚えは無いはずだ。
言ってみれば、にわか仕込みがあたかも権威のごとく知ったふうなクチを叩くのが今の大手メディア(特にテレビ)の選挙報道だ。こんな中途半端な報道姿勢を放置している総務省もどうかしている。私は正直、辟易している。

一週間前の選挙報道番組でも、毎日新聞の専門編集委員が「投票に行かない理由は候補者の主張がわかりにくいからだ。」ともっともらしい愚痴をこぼしていたが、皆に投票してもらえるように各候補者の主張をまとめてわかりやすく国民に示すのがテレビや新聞の役割ではないのか?もしテレビや新聞が本来の仕事を真面目にしていれば、各候補者の主張ももっと国民にわかりやすく伝わるのではないか?つまり、候補者の主張がわかりにくいのは、メディアが仕事をしていないからでは?
毎日新聞の専門編集委員ともあろう者が、仕事をちゃんとやっていれば忙しいはずの選挙期間中にわざわざ時間を割いてテレビに出て、政治家の行動に愚痴をこぼす暇があるなら、ぜひもっと「候補者の主張」をわかりやすく伝えるための努力をしてほしい。
あまりに他責すぎて呆れるばかりだ。本当に信じられない。

メディアは情報収取と咀嚼、そして伝達に専念すべきだ。自分たちが権威(情報源)になろうなんて筋が違う。
メディアはメディア。たまたま新聞社やテレビ局に就職しただけの普通の会社員が、あたかも政治の専門家のような顔をしてカメラの前に並んで意見したところで、それを視聴者が求めているわけではない。一次情報は政治家や党関係者、政治学者などの声を取材で集めてくれば良い。
裏方はもう画面に出るべきではない。新聞やテレビで働いているのなら、せめて「自分のタレント性」や「自分の商品価値」くらいは客観的に判断できる能力を身に着けるべきではなかろうか。

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