映像制作の現場からタイトル

2025/04/22公開

お客さんは4Kなんか求めてない?

4Kデジタルシネマのアスペクト比最近、ものすごく困っていることがあります。弊社は案件によっては既に4K制作を行っておりますが、それはかなり限定的なコンテンツの話であり、全ての制作コンテンツを4K化するには至っておりませんし、お客様のニーズも正直、まだまだ4K化を求めるような流れになっておりません。ですので、私たちも本格的に4Kに移行する時期がまるで読めないのです。
4Kを推進すべき私がこういうのも何ですが、お客様の本音も、HDで十分とお考えですし、コストが上がるくらいならフルHDで十分です!というのが、お客様の本音です。

>>4K制作の詳細

4K化が難しい原因は機材

4K化が難しい原因は何かというと、こういうと機材メーカーの方にも申し訳ないのですが、ちょうど良いサジ加減のカメラが出ていないのです。ちょうど良いサジ加減のカメラが無い限り、会社として今以上に4Kに投資をするわけにもいかず、これもお客様に4Kの良さを訴求できない原因の一つとなっています。

FS7

誤解の無いように一応申し上げておくと、もちろん弊社は2015年にSONYのFS7(右写真)を導入してからというもの、4Kに対応していますし、撮影のみならず編集やCGなどポスプロまで含めて4Kでのワークフローを確立しています。
とはいえ、それはまだ気軽にワンマンオペレーションできるENGカメラを中心としたフローではなく、スーパー35mmサイズのCMOS撮像素子を搭載したデジタルシネマカメラを使った、まるで映画やテレビCMの撮影の現場のような重量級の4K制作フローであり、実際に撮影するとなると所帯が大きくなりすぎてしまいます。

もちろん4K撮影を謳っている安価なカメラは多数ありますし、今ではスマホでも4K撮影と謳う時代。とはいえ(ちょっと専門的になりますが)光学系の物理的限界があり、安価な4Kが本物の4Kの画質かというと、遠慮の無い言葉で言わせていただければ「4Kのようなもの」という状況であり、これは映像機器でも特に光学系の専門知識をお持ちの方なら誰も否定しないでしょう。

「4Kのようなもの」とは

先ほど「4Kのようなもの」という言葉を使いましたが、メーカーさんなども、これは試行錯誤を繰り返しておられるでしょうし、努力されていることは百も承知で描いています。しかしプロであるなら、この難しさはよく御存知でしょうし、4Kの本当の実力を発揮させる光学機器を作ることがとても大変なのは、技術に精通した方こそ納得いただけるのではないでしょうか。
また反面、多くの方々は「iPhoneでも4K撮影できている今の時代に何を言ってるんだ?」と、事情が呑み込めていないでしょう。ですから少し細やかに解説する必要がありますと思います。

>>参考リンク~デジタルカメラと35mmフィルムの解像度(解像度比較2回目)

プリズムで周波数により分解される光ビデオカメラの解像度というのは、これまでSDや普通のHDでは撮像素子の集積度が決定していたのですが、取材用のENGカメラのような比較的小さい撮像素子の集積度が4K以上になると、今度はレンズ等の光学特性の限界のほうが影響力を強めてきます。
例えば右の写真をご覧ください。プリズムというのは光の周波数/波長による屈折率の違いにより入射した光を分解します。つまり、光は周波数/波長(色)によって屈折率が変化するということです。
もちろんレンズの中でもこのような現象は起きており、光の波長によってレンズの中を通る光の筋道が変わるわけです。これをレンズの「色収差」といいます。

また、光は波の性質を持っているので、撮像素子上に同心円状のエアリーパターンという明暗の部分が描かれます。このエアリーパターンは光の性質が原因のため排除することが理論的に不可能です。
このように光というものは技術的にレンズで一点に収束することが難しいものなのです。

実は4Kでも、撮像素子のサイズによってはレンズの性能の限界ギリギリです。
撮像素子は半導体ですから年々集積率が上がり、明るさ(1画素あたりの受光面積)さえ無視するなら、どんなに高解像度のCCDやCMOSでも作る事ができます。しかしレンズというものはどんなに高精度に製造を行ったとしても、光の性質によって「これ以上小さい範囲に集光することができない」という限界があります。こうした現象はエアリーディスク等の光の性質として知られていますが、とにかくザックリと言えばレンズの分解能には物理的に限界があるということです。
もし今、HDのショルダータイプENGカメラで一般的な2/3型撮像素子と同じサイズの4K撮像素子を作り、レンズも2/3型用のものを高精度化して搭載したとしても、レンズの分解能が理論上はギリギリなのではと思っています。

パナソニックhpx375例えば1/3型の撮像素子ではフルHDのプロ用カメラが存在しますし、その画質は仕事の道具として必要にして十分なものです。私もここ10年以上HPX375というPanasonicの1/3型MOS搭載のENGを好んで使ってきましたが、作品制作上十分に満足することができる画質です。とはいえ厳しい目で見ると、レンズの色収差が厳しくなるなど1/3型撮像素子では光学系まで含めて考えるとフルHDが限界のような気がします。もしこれでもっと小さい撮像素子を使うとしたら、さらにいろいろ粗が出てくるのではないでしょうか。つまり私の個人的見解としてはフルHDなら1/3型が限界という判断です。
上記の主観的官能評価を基にした話が許されるなら、上記1/3型MOS搭載のHPX375と同等の画素密度で4Kにすると、その撮像素子の大きさは丁度縦横が2倍ずつになるので、2/3型になります。つまり、2/3型撮像素子の画素密度の限界は光学系の分解能を基に考えると、ほぼ4Kあたりではないかと思うのです。

ENGカメラは報道にも使われるため、ナローフォーカスでは困るのです。パンフォーカスでないと。となるとENGで4Kを作るなら2/3型撮像素子は必須。35mmサイズなど大判の撮像素子ではナローフォーカスすぎて報道などとっさにカメラを回さなければならない現場では使えません。
では2/3型用のズームレンズを使えるENGカメラ。そのようなカメラは今現在あるのでしょうか?答えは「一応あります」という感じです。

価格がこなれないと4Kは難しいか?

とはいえ、Panasonicでは唯一2024年6月現在に販売している4KショルダーENGであるAJ-CX4000GJは、レンズはこれまでのENG同様2/3型用のものを利用していますが、カメラ本体レンズマウント部に拡大レンズが組み込まれており、さらにサイズに余裕がある4/3型の撮像素子を搭載しています。しかもこの撮像部はHDまでのENGカメラで一般的だった三板式ではなくデジタルシネマ等と同様の単板式です。このあたりはどういう設計意図なのか?私には皆目理解ができません。価格も300万円しますから、技術的な過渡期としての方式であるなら買い控えをしたくなるのが私たちユーザーの心理というものです。
それでは通常の2/3型の三板式で4KショルダーENGというのはあるのでしょうか?はい、あります。それがSONYのPXW-Z450という2/3型の三板式4KショルダーENGです。仕様としては理想的なのですが、値段がちょっと高い気がします。価格は本体のみで330万円、もっとこなれてこないと、我々のお客さんの負担が増える気がします。本体だけでこの価格だと標準と広角の4K対応2/3型ズームレンズ、そこそこの視認性のファインダー、さらにメディアを含めると投資金額としては800万円弱になるかと思うので、さすがに1台のカメラにこの投資は、費用をご負担いただくお客様に御説明しにくいものになるでしょう。

となると、やはり今のHDのENGと同水準の、本体価格150万円~200万円程度のものが出てこないと、複数台を運用するような使い方は難しいのではないかと思いますし、HDからオーバー4Kへのブレイクスルーは起きないのではないか?そう考えています。

そういう意味では日本製ではありませんが、Blackmagic URSA Broadcast G2は気になるカメラです。65万円とか、ふざけてるのか?ってくらい安価ですし、2/3型バヨネットマウント搭載で普通の放送用2/3型ズームレンズが使えてしまうし、ENGショルダー運用向けのファインダーユニットも別売りで販売されているし、バッテリーもVマウントの大き目のを使えば前後バランスも多少は調整できそう。
これで機能面でも性能面でも日本製のENGに追いつくなら期待が持てそう。これに刺激されて日本メーカーも何かやりそうだし。むしろ、このBlackmagicそのものよりBlackmagicが巻き起こすであろう旋風の結果、日本勢がどう動くかに興味がある。

本格普及の目安は本体価格150万円~200万円か?

パナソニック555考えてみると、弊社がSD制作をやめてHD制作を本格的に開始したのが2007年でした。そのきっかけは何だったかというと、PanasonicのP2メモリー方式のENGカメラ、AJ-HPX555が登場したからです。
このカメラは本当に優秀でした。2/3型というスタンダードなCCD三板式の撮像素子搭載で、それまで使っていた放送用の2/3型バヨネットマウントズームレンズが使えました。そしてSDも撮影できたしHDも撮影できるというマルチフォーマットのカメラだったため、当時まだまだ多かったDVDの制作にも向いていましたし、それでいてウェブ用のHD制作も行えるという臨機応変な使い方ができました。そして手ごろな価格だったのです。
本体とファインダーの合計で168万円。レンズや記録メディア(P2カードをとりあえず数枚)を入れても300万円以下の初期投資で、まずは「とりあえず運用が可能」でした。これは一つの金額的な線ですよね。

2007年当時は、まだまだDVDが多かったので私の会社はSONYのワイド画面対応のDVCAM(SD)カメラであるDSR-570WSというENGを使っていたのですが、ウチはCGを作る業務もしていましたし、テレビ放送向けにCGを作るとなると当然HD制作なわけです。ですから強力なレンダリングを実現するために、かなりワークステーションにはお金をかけていた。そしてこのCG用のワークステーションにAdobeのPremiereが入れば、それはHD編集も軽々とこなすわけです。となるとカメラがHD対応になるだけで、他の制作会社より圧倒的にコスト競争力が高いHDコンテンツの制作ができる。そういう意味では「カメラだけ入れ替えれば飛躍のチャンスが生まれる」という経営者的な判断が当時の私の中にはあったのです。

ということで、すぐに機材屋さんに、このPanasonicのHPX555を見に行きました。そして試しに担いだ瞬間に、「これ買うわ」って決めてしまいました。

撮影に集中させてくれる道具が大切

とはいえ値段だけではHD化を決めることなどできません。HPX555というカメラの出来の良さも触発される要素になりました。

このHPX555は、カメラとしてのジオメトリの出来も本当に良くて、重心が低いため肩に担いだ際に左右のブレが起きにくく右手が疲れないのです。
当時私が使っていた前述のSONYのDSR-570WSは重心が高めでした。しかも大き目の放送用ズームレンズを付けると前が重くなり、その重たいレンズの重量を常に支える必要があったため右腕に負担がかかりました。この傾向はHDのXDCAMでも同様で特にBlu-rayディスクがケースに入ったようなXDCAMのディスク記録のタイプは大きな円盤を入れる都合上、どうしてもデザイン的に上に伸びて重心が高くなります。SONYはかつて放送業務用のベータカムSPカメラBVW-400Aで、大変低い重心を実現していたので、本当に残念に思いました。

ちょっと話がそれますが、私が本格的な放送業務用のENGを触るようになったのはBVW-400Aが最初でした。私がテレテック制作部にいた時期なので1995年あたりだったように記憶していますが、『音楽ニュースHO』というテレビ朝日の番組で高井アナウンサーがMCを務める番組で、制作の人間でありながら私がこのBVW-400Aを使ってインタビュー収録や取材を行っていたのです。
この番組は音楽の、しかもニュースですから、大物のミュージシャンの元を回って歩いてイベントの様子を撮影したり、インタビューを数多く収録しなければならなかったのですが、当時これを制作していたテレテックは、技術部もありましたから、当然その技術部のカメラやクルーを使いたいのだけど、テレテックくらいの大企業になると1チェーンの値段としてキチンと経理処理されてしまうわけです。そこで制作部が(確か大野本部長のお知り合いの技術会社から)このカメラを長期レンタルしてきて、「奥山、お前カメラ回せたよな?コレ管理して回せ」って言うわけですよ。おっかないですよね。本体とファインダーで570万以上するカメラですよ。そいつにレンズはキヤノンのJ15のエクステンダー付が載ってたので全部で軽く750万円コース。しかもさらにおっかない事に、Vitenの100ミリボールの三脚(これだけで100万をくだらない)までセットで。

もちろん私はプロとしてテレテックに入る前、もう大学時代から、例えばビクターのサチコン三管式のKY-210やSONYのEDC-50などを自分で回していたのでENGやEFPには慣れていたのですが、当時は放送業界でディファクトスタンダードとなっていたBVW-400Aという名機を、撮影者としての自分を信用して預けてくれるという会社の大判振る舞いには感謝しかありませんでした。ただ、同じ会社の技術部でカメアシとして修行中の方々には申し訳ないなという気分でしたが。

で、私がこの番組の中で撮影して「一番手に汗を握った」のは、中森明菜さんのインタビューでした。場所はテレビ朝日の六本木センター。つまり今の六本木ヒルズの敷地の中にあった旧テレビ朝日のスタジオの楽屋ですね。本当に緊張しましたよ、ガチガチ。何度も何度もカメラの設定をチェックし、楽屋に入りました。
私はインタビューの時はカメラマンに徹しておりましたし話は音楽性についてだったのでディレクター(テレテック制作部の佐藤氏)が仕切っておりましたが、私がしっかり美しい照明を作りこみ、こちらへどうぞと椅子にご案内し、さらにピンマイクを付けさせていただくなんて本当に光栄でした。一生忘れません。
彼女の髪が美しく、そして頬の輪郭がキレイに出るように、メインライトもさることながらバックライトに本当に気を遣って明かりを回したのを覚えています。あの時のベーカムテープ、どっかに無いかな…見たいわ。

で、なんでこんな話をするかというと、カメラの使い良さと撮影体験の素晴らしさ比例しているということなんです。あの番組を通じて私がこれだけ印象深い撮影体験を記憶しているのは、カメラという道具に何もストレスを感じなかったからなんです。言い方を変えれば、撮影という行為に集中できたということ。

撮影機材があれば

撮影用のカメラさえ、お客さんに説明しやすい価格帯で登場し、なおかつそのカメラが没入感のある鮮やかな撮影体験をさせてくれるなら、もうウチはすぐにでも導入しますよ。肩で担いだ時に低重心で前後バランスが良く、そこそこの重量で。
そんなENGが出たら、フルの本物の4Kクオリティの画質で機動性が高い取材が可能になりますし、お客さんにも説明できる上、私がまずそのカメラを使いたがるでしょうから、すべての完パケが4Kになること間違いありません。
お客さんが求めていようがいまいが、私が使うと決めたら使うのです。弊社はHD化の際もそういった経緯でしたので、今度もそのようになるでしょう。

何を言いたいかというと、とにかくメーカーさんを応援したいのです。数が出るかどうかを心配しているのでしょうが、長く使える基本設計を作り、それを熟成させながら新型を出してくれれば良いのです。私たちプロの場合は数年でカメラを入れ替えますが、同じ型を何度も買うというのが普通です。その時にマイナーチェンジのモデルが出ていればそれを買います。なので、基本設計が優れた息の長いモデルを作ってくれたら、それを複数回にわたり買いますよ。
実際、HPX375などは、前身となるHPX305を買って、その数年後に375を買い、また最近375を二台と後進となる380を買いました。うちみたいな小さい会社でもこれだけバラバラとカメラを買うのですから、ある程度の数は出るでしょう。
テレビ局だって今、4KのENGを主力としているのはNHKくらいで民放はまだHDが主流です。しかし手頃なカメラがあるなら、放送はHDでも取材用カメラは4Kにしても良いわけです。だって4KカメラでもHD撮影はできるのですから。

本体200万、レンズ込で400万程度の4KのENG、期待しています。ブレークスルーが起きますよ。

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