2025/06/11公開
ENGとは?
ウチの会社は映像制作会社ですが、取材の撮影技術部門も社内にあります。
そこで使うカメラは、弊社の場合は放送番組の取材現場もやっているので当然のことですが、放送の世界でも一般的に使われている大型の肩掛け(ショルダー)タイプのENGカメラを使っています。
なぜ私たちのような職業人は、小型のハンドヘルドカメラを使わずにショルダーENGにこだわるのか?色々な理由があるのですが、まず、ENGとはいったい何か?という基本から説明をしてみたいと思います。
ENGとは「Electronic News Gathering」の頭文字で、直訳すれば「ニュース映像素材を電子的に集める手法」という意味合いです。つまりカメラそのものの形態というよりは、ニュース取材のシステム全体を指す言葉です。
ではなぜ「電子的に」という言葉を使っているのか?「電子的じゃない方法」もあるのか?ここは少しニュース映像の歴史について触れてみる必要がありそうです。
フィルム撮影の時代
すごく当たり前の話をしますが、テレビというのは、テレビジョン(television)というくらいですから遠隔(tere)から映像(vision)を電波に乗せて送るという意味があります。つまりVTRのような「記録する」という機能はテレビという概念にそもそも論として存在しなかったのです。ですからテレビの初期は当然VTR(ビデオテープレコーダー)は存在しませんでした。
日本でテレビ放送が始まったのは1953年です。一方、世界初のビデオテープレコーダーがアメリカのアンペックス社から発表されたのが1956年です。つまりテレビカメラの映像を記録する方法のほうが後から出てきたわけです。ですから当然、テレビの世界の多くの映像記録にフィルムを使っていました。つまり、このフィルムこそ「電子的じゃない方法」にあたるものです。

VTR時代の幕開け
VTR(ビデオテープレコーダー)の歴史はアメリカのアンペックス社が1956年に発表した白黒2インチオープンリール方式のVR-1000です。日本ではNHKが1958年にこのVR-1000を導入していますが、ちょっとしたラックほどの大きさがありますので、とても持ち歩けるようなサイズではありません。用途も限られていたことでしょう。
外に持ち運べるような、皆さんがイメージするようなVTRは、1969年にソニーが発表した3/4インチカセットタイプのU規格VTRの登場を待つ必要がありました。
このU規格は、ちょっと前まで一般的に使われていたVHSやベータと同じで、デッキにカセットを入れると、カセットからテープを引き出して円柱型の回転ヘッドにテープを巻きつけ、その回転ヘッドを高速で回すことでテープとの相対的な速度を稼ぎ、高周波の映像信号を記録するという方法をとっていました。
こうした方式をヘリカルスキャンと呼びますが、このU規格以降登場するVTRは、このヘリカルスキャンが基本となります。
バッテリー駆動のU規格VTRが登場すると、小型のテレビカメラと組み合わせて外に出て録画することができるようになります。これが「電子的なニュース取材」、つまりENGの先駆けでした。
ところが日本の放送業界というのは、かなり保守的です。このENGが先に普及したのは日本ではなくアメリカでした。私は当時はまだ映像制作現場のプロではありませんでしたが、個人的に感じていた印象としては日本の放送業界はとても厳密でした。先にも触れた通り日本はVTRの開発こそアメリカに後れをとりましたが、その後はSONYやPanasonic、そして池上通信機といった日本企業が放送技術の歴史そのものと言って良いほどの活躍を見せたこともあり、日本の放送技術者も世界の放送技術をリードしてきたという自負があったのでしょう。とにかく規格を守ることに神経を使っていたように私には見えました。
日本でU規格カセットVTRと小型テレビカメラの組合せによるENGが使われるようになったのは1970年代の中盤以降からみたいですね。とはいえ、私もこのU規格の映像を見たことがあるのですが、とてもきれいとは言い難いものでした。総合的な画質で言えば、VHSよりは上、S-VHSよりは下という感じだったと記憶しています。
それにU規格のVTRを使ったENG取材はカメラマンはカメラを担ぎ、そのカメラから伸びた映像ケーブルをVTRにつなぎ、そのVTRをビデオエンジニアというスタッフが持ち運んでカメラマンを追いかけるというスタイルのためフィルムカメラのようなフットワークは不可能という大きな欠点がありました。
ですからENGが本格的に放送業界で何の疑問符も無く全面的に受け入れられたのは、1982年のベータカムの登場を待たねばなりませんでした。
ベータカムの登場
ベータカムは「カム(CAM)」というだけあり、最初からENG取材を主戦場にするために開発されたと言って良いVTRフォーマットでした。テープは民生用として1975年に発売されたベータマックスのものと同等で1/2インチ幅と、それまでENGで使われたU規格(3/4インチ幅)よりも小型です。
カセットが小さくなれば当然デッキも小さくできますので、ベータカムのデッキの第一号はカメラと一体型として接続して使う事ができる「ドッカブル」タイプのデッキでした。このデッキをカメラの後部に取り付けることで、カメラマン1名での取材も可能になったのです。このドッカブル一体型のベータカムの登場によって、フィルムカメラと同等の運用が可能になったと言えます。これはテレビのニュース取材においては画期的な出来事でした。
ベータカム規格は簡単に言えばベータマックスのテープを6倍速で回すことで高周波まで記録しテレビ放送の原版として耐えうる画質を実現するというもので、L-500相当(βⅡで120分録画可能な長さ)のカセットで20分収録できました。
その画質を一言で言えば「取材用として必要にして十分」と言っても良いレベルでした。少し専門的な話をしますと、VHSやベータマックスのような家庭用のビデオ規格と、ベータカムのような放送業務用のビデオ規格の一番の違いは「色信号」に対する考え方です。
家庭用のビデオの場合、編集するということは稀です。つまり録画して再生した時の画質がある程度保てれば実用範囲の画質と考えられます。そのためヒトの眼の特性に合わせて輝度信号の解像度を十分に確保した上で、眼の感度が鈍感な色信号の解像度を間引くことでデータ量を削減し、小さなカセットで長い時間の録画を可能にしていたのです。その色の間引きの程度はというと、輝度信号の水平解像度に比較しておよそ1/6程度と考えて差し支えないものでした。
しかし放送業務用のビデオ規格は、カメラ収録した素材をダビング編集して白完というテロップ無しの完尺動画にして、その後さらにダビング編集してテロップを入れて完パケにします。つまり、最低でも2回はダビングされて完パケになるのです。そのため色の解像度が低いとダビングのたびに色のズレが大きくなり、完パケになった時には見れたものではない画質になってしまいます。そのため放送業務用のビデオ規格は、輝度信号の1/2程度の解像度で色を記録するように十分に余裕のある規格となっています。
このベータカムもコンポーネント記録といって、概念的には輝度信号と色信号を別々に記録することで色信号にも十分な容量を確保することで高い再現性を実現しています。
また、回転ヘッドの回転ムラ(ジッター)への対策としてタイムベースコレクタ(TBC)が搭載されたことも高画質化に大きな貢献をしました。このTBCという機能も民生用では見られないもので、VTRの回転ヘッドの回転ムラによって歪んでしまい輪郭などが波打ってしまっている映像を、一度デジタルメモリに蓄えて正確な時間軸に組み立てなおして出力するようなイメージです。
まさに放送業務用として贅を尽くしたシステム、それがベータカムでした。
さらに、このベータカムは後にメタルテープを使いさらに高い帯域を確保して高画質化を果たしたベータカムSPに発展しました。このベータカムSPの画質は極めて精緻で、私もSONYのBVW-400AというベータカムSPのENGカメラをテレビ朝日の音楽ニュースの臨時の撮影スタッフとして取材に使用していた時期があります。
私がテレビ番組制作の現場をメインフィールドとして活動していた1990年代、最もお世話になったのがこのベータカムとベータカムSPです。通常のテレビ番組においては、このベータカムでロケを行い、編集所ではベータカムを送出機に、受けに1インチオープンリールVTRやD-2デジタルVTRなどを使って編集を行います。特にデジタル方式であるD-2を受けのデッキに使えるような予算に余裕がある番組の場合は、カメラで収録したベータカムテープの画質とほぼ同等の高画質で番組を制作することができました。
1990年代はすでにハイビジョン放送が始まっていましたが、夕方のニュース番組等の場合、まだまだベータカムで収録し、報道局の編集室のベータカムデッキでダビング編集するというような時代が長く続いていました。私は制作マンですから報道は専門ではありませんが、いわゆる報道番組の中の情報コーナー(暇ネタ)で、当時まだ赤坂アークヒルズにあったテレビ朝日の報道局で働いていたので、報道局に技術提供していた(株)フレックスさんが仕切っている報道編集室でずいぶん編集作業をさせてもらいました。
当時のテレビ朝日報道局ではコストの都合かもしれませんが、ベータカムSPのテープは無く、すべてノーマルのオキサイド系ベータカムテープのみでした。しかも何回もこすっているテープが多いためドロップアウトも多少は出てしまいます。とはいえ、編集で新品のテープを使っていれば、「カメラ素材→白完→完パケ」と第三世代であっても、放送には十分な画質が出ていました。
ちなみにSONYがベータカム/ベータカムSPを展開していた時、PanasonicはVHSのカセットを使ってコンポーネント記録とTBCを組み合わせたM規格を開発して販売していました。実はこのM規格のほうがベータカムより早く発表されたのですが、カセットがベータカムに比べて大きかった事もあり、苦戦しました。またメタルテープを使ったベータカムSPと競合関係にあるMⅡという規格もありましたが、これも苦戦しました。
このように1990年代はまさにSONYの一強時代。Panasonicが巻き返すのはデジタルENGの時代を待つ必要がありました。
デジタル記録の登場
2000年も間近になると、アナログ地上波放送の世界ではいよいよデジタルENGの時代に突入しました。ベータカムと同一サイズのテープを使い、そこにデジタル記録するデジタルベータカムの登場です。
実はアナログ放送の時はベータカム/ベータカムSPの時代が長かった上に、もう将来的に地上波デジタルへの移行も見えていたので、デジタルベータカムの導入は新規導入の放送施設や技術会社から「恐る恐る」という感じで普及していました。ですのであまり大々的に普及したという印象はありませんでした。
その反面、民生用として開発されたDV規格の発展型として放送業務用向けにPanasonicから登場したDVCPROや、その色帯域拡張版のDVCPRO50が放送用途で比較的普及したのが印象的でした。Panasonicがうまかったのは、DVCPROのカセットがベータカムに比べて小さいことを活かし、カメラ部分も小さくして小型軽量のENGカメラを開発したことです。代表的な機種で言うとAJ-D400などがありましたが、軽いだけでなく低重心を実現していて肩に担いだ状態でとても前後バランスに優れて疲れない。そんなジオメトリを持ったカメラでした。これは現場のプロカメラマンからも一定の支持を集めました。
一方、SONYもDV規格を基にしたプロ用のDVCAMを開発しましたが、こちらはPanasonicとは違い、放送の現場で使うというよりはDVD制作やビデオソフト向けの方式でした。そのためPanasonicのDVCPRO50に相当する色帯域拡張版は登場しませんでした。SONYの場合は上位にデジタルベータカムが存在したため、DVCAMで画質が足りない場合はデジタルベータカムを使ってほしいというメッセージだったのだろうと思っています。
とはいえこれまでの経緯を見て思った方も多いと思いますが、SONYとPanasonicで常に別々のカセットを使ったVTRシステムを開発するため、多くの規格が乱立しているような状況でした。しかしその後のHD時代を迎えるにあたり、デジタル化はテープレスの時代への移行を促す契機となり、記録するファイルフォーマットの違いこそあれカードリーダさえあれば専用のVTRが必要な時代ではなくなりました。結果として、ハードウェアに束縛されにくい時代が到来したともいえます。

カメラの多様化時代

さらにはスチルのデジタルカメラもメモリー記録であるという点では、本質的な部分でビデオカメラとの差異が無くなってきました。こうなるとビデオカメラとスチルカメラの垣根すらなくなってしまっています。
そして重要なことは、それぞれのカメラで操作系がバラバラだということです。多様化したカメラから、どのタイプのカメラを選ぶか?によって、制作会社や技術会社のスタンスが明確になる時代が来たともいえるでしょう。
ショルダーENGカメラの利点
さて、本題に戻りましょう。
これだけ多くの選択肢がある中で、どうして弊社デキサがショルダータイプの保守的なENGカメラを使っているのか?いくつかの理由がありますので、ご紹介します。たぶん、私たちがショルダーENGを使う理由こそ、ショルダーENGの長所そのものだと思うからです。
標準化された操作系
ショルダーENGカメラは、各社ほぼ統一標準化された操作系となっています。特にSONY、Panasonic、池上については、通常のENGカメラマンであれば基本操作はブラインドタッチで可能と言えるまで統一されています。
実は昔は各社バラバラだったのですが、1990年代に入る頃だったか、もしかするともう少し前だったかもしれませんが、ベータカムのシェア拡大でSONY一強ともいえる時代に、Panasonicや池上もSONYの操作系に合わせるような「実を取る英断」をしてくれたのです。これは本当に大きな革命的出来事だったと記憶しています。
実際、私は個人でSONYもPanasonicも、ENGカメラを買って使っていましたが、SONYからPanasonicに乗り換えた時にも全く違和感なく使う事ができました。
実は取材用カメラにおいて操作が統一されていることは大変な利点です。ENGを扱う人は当然プロカメラマンですから、撮り逃しがあれば生活に影響が出ますし場合によっては訴訟が起きる可能性すらあるのです。撮るべきものは必ず撮らなければなりません。しかし操作に手間取ってしまっては、本来エネルギーを使うべき撮影に集中することができません。当然仕上がりに影響が出ます。
以上のことから、カメラによってスイッチの位置が違うなど、カメラマンが操作をするたびにスイッチを探さなければならないような機材はプロの道具として使うべきではないと私は考えています。
レンズ交換式
優れたレンズを使えることもショルダーENGの利点です。ほとんどのハンドヘルドカメラはレンズがカメラと一体になっていて交換ができません。ですから広角や望遠が必要になった場合はコンバージョンレンズを前玉の前に取り付けて撮影することになります。しかしENGであれば標準と広角の二本のレンズを用途に応じて使い分けることができます。コンバージョンレンズを使うことが無い分、明るいですしキレも良いです。
またENG用のレンズはフォーカス、ズーム、アイリスといった基本操作を左手でしやすいようにデザインが工夫されています。もちろん標準化された操作系のレンズですからキヤノンとフジノンで使い勝手が大きく異なるということもありません。これは使い勝手がメーカーによって大きく異なるスチルカメラ用レンズなどとも違う大きなENGレンズのメリットです。
前後バランス
手持ちのハンドヘルドカメラは常にカメラの重量を肘で支えるようになるので長時間の手持ち撮影は疲れます。しかしショルダータイプのENGなら肩の上に載せているので手は疲れません。これは大きなメリットです。
まとめ
上記の歴史等を見てもらうとご理解いただけると思うのですが、ショルダータイプのENGカメラというのは、相応の長い歴史の中でプロの現場で揉まれて今の形に落ち着いているということです。ポッと出の歴史の浅いものではなく、映像制作現場の歴史と文化の中から必要に迫られて成り立った姿をしているという事です。
私たちはプロですから、可能な限り撮りこぼしは防ぎたい。そのためには道具によるストレスなどは極力減らしたいのです。その考え方が私たちにショルダーENGを選ばせ、今の現場スタイルとなって表出しているのです。
今後のショルダーENG
今後、ショルダーENGカメラはますます減るでしょう。とはいえ弊社は可能な限りショルダーENGにこだわり続けるつもりです。
とはいえ4Kに関してはハンドヘルドの利用も検討すべきだと思っています。肩掛けのスタイルでレンズも過去の資産を使えるようにするためには2/3型の撮像素子は必須。とはいえ2/3型撮像素子用のレンズの光学特性は4Kでギリギリの分解能です。少し大きめの撮像素子を積んだ低コストのハンドヘルドのほうが安全に高画質を得ることができるかもしれません。
近い将来、4KショルダーENGでレンズを除く本体価格200万円以下の実用的なカメラが現れるでしょう。とはいえショルダーENGの活躍の場であるテレビは低予算化が進み、ブライダル撮影業界も業界全体が縮小しています。将来的に明るくないのはわかってはいるのですが、プロ用のシステムとしての完成度を考慮すると、まだまだショルダーENGにこだわる理由は十分あると考えます。
保守的ではありますが、真面目にプロの仕事を考えているのが弊社デキサです。ぜひ撮影を含む映像の制作のご相談は弊社デキサまでお気軽にどうぞ。




